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信仰告白

私はずっと、自分に都合の悪いことやうまくいかないこと、辛いこと、それらすべてを誰か他の人や他のものごとのせいにして生きてきました。自分は間違っていない、うまくいかないのは私のせいじゃないと思っていました。ですから、昨年仕事と友人関係の両方でにっちもさっちもいかない状況に陥った時にも、なぜ自分だけこんな思いをするんだ、あの人が悪い、この人のせいだ、と心の中で叫んでいたのです。

ところが、そんな私に対して「自分は悪い人間なんだよ」と謝ってくれた人があり、勝手に自己の正当化ばかりしていた私は頭を殴られたような気がしました。お前は本当に何の罪も犯していないのか?小さな妬みから大きな憎しみまで、自分の中から出たものの醜さに目をつむっているのではないか?正面から自分の醜さに向き合ってみると、あまりの罪の大きさに目を覆いたくなりました。

そんな時に三浦綾子さんの著作に出会い、人間は罪深いものであり、その罪を背負ってイエス様が十字架にかかって下さったと知ったのです。こうして私はキリスト教について考えるようになりました。

地図や電話帳で教会を探し、自転車で場所を確かめ、やっと礼拝に出席したのは六月十二日でした。教会学校にも通っていないし聖書も読んでいないしで、戸惑うことも多くありました。でも日曜日に来てみると、その時の自分にぴったりの言葉が説教や祈りの中に必ず現れ、次第に私は怖れつつも教会に来てしまうようになりました。クリスマスには聖歌隊にも加えていただきました。今まであまり接することがなかった、様々な年齢層、様々な生き方に出会うことにより、あらゆるものに注がれた神様の恵みを感じました。そして、まだ早いかという迷いもありましたが、まず赤ン坊キリスト者として生まれたいと思い、このイースターに受洗する決心をしました。

この十ヶ月を振り返ってみると、私は自分から教会に来たのではなく、神様の恵みによって導かれたのだとしみじみ思います。ある本に「生涯を通じて、神は、離反しようとしてもできるものではなく、反抗しようとしてみてもその行為に意味もなく、悪を行おうとしてもその悪そのものが、神の光の影として認識されてしまう。その思いが、すべての報酬の中で最大のものである。」とありました。私の生活の中にも、神様の光をなしにしては生きられないと思います。

私はイエス・キリストの十字架による贖いと救いとを信じます。神様に感謝しつつ、神様のほうを向く者として教会の交わりに加えていただいて、信仰生活を送りたいと願っています。

(20代・女性)

日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。