『証し』 キリストとの出会い

神様との出会い、神様からいただいた恵み。
それを人に伝えることをキリスト教会では『証し』(あかし)と呼んでいます。
このページには、原町田教会の教会員の証しを掲載しています。私たちの証しが、あなたと神様との出会いの扉を開いてくれますように。

※クリスチャンになることを決心して洗礼(バプテスマ)を受ける時の証しは、『信仰告白』『救いの証し』とも呼ばれます。自分がどのようにして神様に救われたのかを人に伝えるための大切な証しです。

証し

私は埼玉県の草加市で生まれた。3歳下の妹と6歳下の弟がいる。父は福島県の生まれで、戦後集団就職で草加に移り住んできた。母は東京生まれ、昭和20年のいわゆる東京大空襲があった時4歳で、戦火の中を生き延びてきた。こうした父母の苦労に比べると、私は何一つ苦労もなく育った。ただ、小さい時から引っ込み思案で、人前に出るのが苦手だった。

子どもの頃はキリスト教とは無縁の生活だった。クリスマスといえば地元の子ども会でプレゼント交換をしたくらいの記憶しかない。

高校3年生の頃になると、いろいろなことに悩むようになった。心にポッカリ穴があいたようになった。
・今、ここにいる自分とはいったい何者なのだろうか?
・人の一生が死で終わるものだとしたら、その中で努力したり、苦しみを乗り越えることに一体どんな意味があるのか?
・そもそも人生には意味があるのか?
この問いに回答が与えられるまでは何も手につかないと思えた。

その後、仙台の大学に進んだ。理科系の大学に入ったにもかかわらず、理科系の授業には身が入らず、むしろ一般教養として受けていた倫理学の授業はかじりつくように聞いていた。その中で紹介されたカール・ヒルティの「幸福論」という本は、私にとってキリスト教への入口となった。

その後、長い間、教会に行ってみたいとは思っていたが、どのような教会に行けば良いのかもわからず、門をくぐることができなかった。

大学4年生の6月のある日、新聞を見ていたら、地方版のページにわずか5センチ四方くらいの大きさで、「仙台東一番丁教会 伝道礼拝○月○日○時」という短い言葉が目に飛び込んできた。

初めて出席した礼拝で読まれた聖書箇所は創世記45章のヨセフ物語と、ローマの信徒への手紙8章28節「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」とう箇所、説教題は「神の御計画」だったと思う。
キリスト教がどんなものかはよくわからなかったが、苦しみにも何か意味があるに違いない、聖書の中に自分が求めていた問いに対する答えがあるに違いない、そのような希望がわいてきたことを覚えている。

それから1年後、卒業して実家に帰り、通勤途中にあった富士見町教会に通うようになり、その年のクリスマスに受洗した。それから5~6年後、町田に移り住み、原町田教会の礼拝に出席するようになった。毎週の説教やいろいろな方の証しを伺って、少しずつ育てていただいたと思っている。

今から3年くらい前に「神を見る生活」という本を目にした。その書き出しはこのようになっている。

神を見ること~人生の目的
私のゴールは神ご自身である。喜びや平安、あるいは祝福でもなく、私の神ご自身である。

先ほどの人生の問いに対する答えが短い言葉で完全な形で表現されていると思う。

背伸びしなくてもいい。
私たちは何か立派な働きをしたから救われるとかそういうことではない。
私たちはそのままの状態で神に受け入れられている。
肩ひじを張る必要がないと知ってすごく気分が楽になった。

この本をさらに読み進めていくと、神を見る生活を知った人は必然的に主を証しする生活が待っているということが書かれている。私たちがどんな人間であっても神から一方的な恵みが与えられ、恵みをいただいた人間は自然とそれを他の人へと注ぐようになる。、ということである。

それも肩ひじを張る必要はない。
必要なものはすべて神が整えてくださる。
例えば、もし、仮に私が病気になって寝たきりとなっても、その場所でキリストを見上げて生きるならば、神は私をそのままの状態で用いてくださると思う。

私も年を重ね、だんだん図々しくなってきた。
肩ひじを張らず、ありのままの自分として皆様と一緒に歩いていきたい。

(50代 男性)

 

保護中: [教会員用] 2016年6月 主日礼拝音声

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日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。