6月14日は家族礼拝です!

♪♪ 主に向かって、喜びの声をあわせて賛美しよう ♪♪

6月14日(日)は、いつもは別々にしている大人と子どもの礼拝を、子どもたち・中高生・その家族、教会につながる全ての人々が集まっての「家族礼拝」として捧げます。この機会に、ご家族をお誘いあわせの上、神様に招かれている礼拝の喜びを分かち合いながら、恵みの時をご一緒しましょう。

★当日は、「子どもの教会」と「9時礼拝」は行われませんので、ご注意ください。
★礼拝は10時30分から始まります。終了は11時40分ごろです。
★座る席は自由です、お好きな席にどうぞ。
★聖書・讃美歌は教会に備え付けのもの、またこの日は子ども用に印刷したプログラムを準備しております。

20150614家族礼拝ご案内

2015年5月23日 ペンテコステ早天祈祷会(の朝ごはん)

原町田教会では、毎年、ペンテコステ(聖霊降臨日)の前の土曜日に6時から早天祈祷会をもって、そのあと一緒に朝ごはんをいただきます。
今年は12名が集まりました。
美味しい朝ごはんを係りの方が準備してくださったので、お仕事前の方もしっかり食べてから出勤!
霊の糧、肉の糧、どちらもたっぷりいただいて、祝福されて教会から遣わされていきました。

2015年5月17日の写真

この日は第三日曜日、おひるはカレーライスの日。
今回はいつもよりちょっと早めの時間に、台所の様子を撮影しました。
お米をといで笊にあげてあるところ。たくさんのカレールー。野菜を煮込んでいるところ。山盛りのポテトサラダ、レタス。
いつも美味しい食事を整えてくださるチームのみなさんに感謝です!
イエス様も、みんなとお食事するのが大好きでした。
初めての方も、お気軽にぜひどうぞ!

2015年5月10日の写真

5月10日は母の日。
子どもの教会の幼小科では、カーネーションのアレンジメントをして、おかあさんに感謝を伝えるお手紙を書きました。

 

 

 

さて、この日の礼拝後のこと。
みなさんが次々に礼拝堂うしろの祈祷室へ入っていきます。
いったいぜんたい、何があったのでしょう?
その答えは・・・。
5月から、礼拝後のお茶・コーヒーのサービスは祈祷室で行うことになったのです!
(第二、第四、第五日曜日)
これまでは一階まで降りて、ホールの入口で靴をぬがなければならず、ちょっと億劫でした。
でも祈祷室なら礼拝堂からすぐ、土足のままでOK!
入口ドアも全開するので、出入りがしやすくなっています。
どなたでもどうぞお気軽にお立ち寄りください。

主が道を定める 2015年4月26日

◆詩編37章23〜24節
「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる」

わたしたちはそれぞれが自分の歩んできた道を自分で決めてきたと思うところがあります。一本道を歩いている時には問題ないのですが、いざ分かれ道に出くわした時、わたしたちは自分がもっている価値や基準で進むべき道を決めます。そして右ならば右、左ならば左の道を進んで行き、多少の苦労はあったにせよ、その道を選んだことにまずまず満足していると思うならば、自分は正しく歩んできたと自己満足します。反対に、進んできた道では、強盗に遭い、財産のほとんどをとられてしまったり、自分も家族も病気になって苦しんだりしますと、どうしてこんな道を歩いてきてしまったんだろうと後悔するのです。いずれの道であっても、聖書はあなたが自分でこっちに行こうと定めたのではない。主がその道を定められたのだと言うのです。しかもその道が平らでまっすぐであったとしても、でこぼこ道で、時には落とし穴があったり、深くて暗い谷間があったとしても、いずれも主なる神様が定めた道なのだと伝えます。

それでは、何のために神様はわたしたちの進むべき歩みを定められているのでしょうか。聖書はこのように答えます。詩編102編19節「主を賛美するために民は創造された」。

わたしたちが生活する社会では、小さいことでも大きなことでも何かの役に立つことが一番大事と考えられています。ですから、周りの人に認めてもらうために何かをしなければいけないと常々思うようになります。人の役に立つことを目標に生きることはとてもすばらしいことです。けれども、人の役に立ったり、何かができるということばかりが強調されてしまうことにイエス様は違うと言われます。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」。主なる神様を賛美すること。わたしたちが何かをするよりも先に、神様がわたしたちにしてくださったことを憶えて、神様をほめたたえること。わたしたちが他の人や神様に何かをする以上に、神様がわたしたちにしてくださったことに感謝し、その恵みゆえに主を讃美するのです。神様は主を讃美するためにわたしたちを生かしてくださっています。もし、そのことを忘れて隣人を愛すること、人の役に立つ働きをしようとしたら、わたしたちの歩みはたちまち行き詰まってしまうでしょう。神様がわたしたちにしてくださったことを伝える聖霊の支えなしで隣人に仕えようとしたら、しばらくすると電池切れで前に進めなくなってしまうのです。

「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる」。神様の御業をほめたたえる礼拝をささげることこそ、主の御旨にかなう第一の道です。新共同訳の前の聖書、いわゆる口語訳聖書を読みますと、詩編37編23節はこのようにあります。「人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる」。主なる神様は、定められた道である礼拝の道を歩むわたしたちを見て、喜んでくださいます。杖をつきながらゆっくりと時間をかけて礼拝堂にたどり着くその人の歩みを見て、主は喜ばれます。ウイークデーにたくさん働き疲れた状態で礼拝堂にたどり着き、説教中に居眠りをしてしまう人の歩みを主は見て喜ばれます。教会の働きに時間を献げて奉仕する人の歩みを主は喜ばれます。何かを得られるのではないかと期待して礼拝にきたのですが、自分が求めていたものは得られなく残念と思う人の歩みであっても主は喜ばれます。どのような形であっても、どのような心持ちであっても、主を讃美する礼拝に集う人の歩みを見て、主は喜んでくださるのです。主が礼拝に集うわたしたちの歩みを御旨にかなう道として備えてくださっているのです。

わたしたち一人ひとりのこれまでの歩みを振り返るとき、今自分がいるところまでどうやってたどり着いたのか。それを正確にたどっていくことはなかなかできません。けれども、今の自分が確かにあるということ。いろいろな痛みや問題を抱えながらも、スクラップ工場にうち捨てられることなく、人生という旅を歩んでいる自分が確かにいる。それは神様が生きておられ、谷間の深い淵の底に沈まないようにとわたしたちの手をとらえてくださっていた。だから、今わたしたちはここにいると言えるのです。これまでの旅路を振り返るとき、わたしたちはそのような信仰を告白することができます。「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる」。

ヨブという人がいます。彼は神様を畏れる正しい人、信仰的にもすばらしい人でした。けれども、妻以外の家族を失い、体に重い病気を患った後、彼はこのようなことを言います。「人は女から生まれ、人生は短く、苦しみは絶えない。倒れ伏した人間は、再び立ち上がることなく、天の続くかぎりは、その眠りから覚めることはない」。ヨブさんは、人が倒れたならば、倒れたまま。この自分がまさにそうだ。倒れ伏した自分を主は立ち上がらせてくださらないと嘆くのです。もし、ヨブさんが、自分の力で立ち上がろうとしていれば、眠りから覚めることはないでしょう。しかし、信仰とは自分の力で立ち上がることではありません。わたしたちが手を伸ばして、何とか主をとらえようとするのでもありません。わたしたちが主ではなく、神様が主になってこそ、信仰となるのです。主なる神様がわたしたちに手を伸ばして、わたしたちの手をとらえてくださる。主がイエス・キリストによってわたしたちの手をしっかりと捕まえ、握ってくださる。わたしたちが、何とか自分の手を伸ばして、そこから落ちないようにしたとしても、そこには限りがあります。仮にもし、高いところで足を滑らせて、そこから落ちてしまいそうになったとします。そこから地面に落ちたら命の保証はない、それほどの高さです。無我夢中で近くにあった水道管のようなパイプを掴みました。あー助かったと思いましたが、自分の力ではどうやっても上に上がることができません。パイプを掴む手の握力は、時間と共になくなってきます。あーもうこのまま落ちてしまうのか。自分の力だけでは自分を救うことはできない。けれども、主なる神様がその手をとらえてくださるのです。倒れてしまい、もう自分では起き上がれない。そのような時であっても主が手をとらえて引き上げてくださる。わたしたちを引き上げてくださる主を信頼して、わたしたちはただ手を差し出せばいいのです。差し出されたわたしたちの手を主がとらえてくださる。自分の力では握ることができなくても、主がその手をしっかりととらえてくださり、引き上げてくださいます。

2015年5月3日の写真

5月3日のお昼ごはんは、鶏肉のガーリックソテー、さつま汁、リンゴのコンポートでした。おいしくてあっという間におなかにおさまりました。ごちそうさまでした!
また、仙台ホサナ教会(おなじ教団新生会に属する教会)から執事の方が訪ねてきてくださいました。お土産に名物のかまぼこともなかをいただきました。ありがとうございます、みんなで嬉しくいただきました。

保護中: [教会員用] 2015年5月 主日礼拝音声

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日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。