2013年7月の写真 その2

教会・幼稚園合同礼拝 2013年7月21日

教会・幼稚園合同礼拝を、音声でお聴きいただけます。 (お招きのチラシはこちら

前奏、招詞、讃美歌470、交読詩編107、園児讃美「このはなのように」、園児暗証聖句、聖書朗読

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お話し・ヨセフ物語

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幼稚園コーラスグループによる讃美「鳥のように」

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献金

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祝福の祈り、讃美531番

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説教「神がわたしを…」

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讃美528番

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主の祈り、讃美歌91、祝祷、後奏

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聖書箇所: 創世記45章1~8節

◆ヨセフ、身を明かす
45:1 ヨセフは、そばで仕えている者の前で、もはや平静を装っていることができなくなり、「みんな、ここから出て行ってくれ」と叫んだ。だれもそばにいなくなってから、ヨセフは兄弟たちに自分の身を明かした。
45:2 ヨセフは、声をあげて泣いたので、エジプト人はそれを聞き、ファラオの宮廷にも伝わった。
45:3 ヨセフは、兄弟たちに言った。「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」兄弟たちはヨセフの前で驚きのあまり、答えることができなかった。
45:4 ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか、もっと近寄ってください。」兄弟たちがそばへ近づくと、ヨセフはまた言った。「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。
45:5 しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。
45:6 この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、まだこれから五年間は、耕すこともなく、収穫もないでしょう。
45:7 神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。
45:8 わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです

2013年7月の写真

7月の写真をお届けします。

御心を行う者となるために 2013年7月7日

エレミヤ書7章1~7節
主からエレミヤに臨んだ言葉。
主の神殿の門に立ち、この言葉をもって呼びかけよ。そして、言え。「主を礼拝するために、神殿の門を入って行くユダの人々よ、皆、主の言葉を聞け。
イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。
主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。
この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間に正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない。
そうすれば、わたしはお前たちを先祖に与えたこの地、この所に、とこしえからとこしえまで住まわせる。

詩編119編105~112節
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。
わたしは誓ったことを果たします。あなたの正しい裁きを守ります。
わたしは甚だしく卑しめられています。主よ、御言葉のとおり命を得させてください。
わたしの口が進んでささげる祈りを 主よ、どうか受け入れあなたの裁きを教えてください。
わたしの魂は常にわたしの手に置かれています。それでも、あなたの律法を決して忘れません。
主に逆らう者がわたしに罠を仕掛けています。それでも、わたしはあなたの命令からそれません。
あなたの定めはとこしえにわたしの嗣業です。それはわたしの心の喜びです。
あなたの掟を行うことに心を傾け わたしはとこしえに従って行きます。

 時代は大きく移り変わる激動の時でありました。1400年もの間、大きな力を誇ってきたアッシリア帝国は滅ぼされ、別の帝国へと移り変わる時代が、すぐ目の前にきていたのです。時は、紀元前620年頃のことです。アッシリア帝国が力を落としていく中で、この時とばかりにアッシリアの支配下にあった南ユダでは、ヨシヤ王が、一大宗教改革に取り組み始めていました。ヨシヤ王は、まずエルサレム神殿から異教的なものをすべて取り除き、神殿で行われる祭儀を聖書の神様だけのものとしました。その次に、エルサレム以外の地方にあった聖なる高台を全て廃止して、祭儀は全てエルサレム神殿だけとしたのです。けれども、ヨシヤ王の宗教改革は、道半ばで終わってしまいます。彼は当時、滅亡寸前であったアッシリア帝国を助けるために軍隊を進めていたエジプトの王ネコにメギド峠で破れ、殺されてしまい、その結果、南ユダ王国は、今度はエジプトの支配下に置かれてしまうのです。

 預言者エレミヤさんが、神様から「主の神殿の門に立ち、この言葉をもって呼びかけよ」と声をかけられたのは、その時でありました。ユダ王国の人々は、新しい王が即位するその時に、たくさんの祭司がエルサレム神殿に集まって、礼拝を捧げていました。そして、力を増したかのように見えたエルサレム神殿の中で、ただ迷信的に「主の神殿、主の神殿、主の神殿」と繰返し声を上げていたのです。エレミヤさんは、その時に神様からの御言葉をユダの人たちに伝えたのです。「主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。この所で、お前たちの道と行ないを正し、お互いの間に正義を行ない、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない」。神様から与えられた律法を忘れ、無実の子どもたちの命を犠牲とすることなどをこれ以上続けてはならないと言われるのです。神様は、すでに与えられている恵みに立ち帰り、その恵みのゆえに律法が示す正しい道を進みなさいと伝えたのです。

 ヨシヤ王の改革によって、エルサレム神殿には、地方の祭司も集っていましたし、地方に捧げられていたものの多くが、エルサレムにまで届けられていたと思われます。たくさんの人が集い、自分たちは今、神様をほめたたえる中心にいるのだという思いが、人々を高揚させ、繰返し、「主の神殿」と賛美の声を上げていたのでありましょう。神様は、自らが与えた律法を置き去りにして、賛美を繰り返すユダの人たちに言われたのです。「恵みに立ち帰り、それに応える者となりなさい」

 イエス様は預言者エレミヤさんが言われたことと同じことを次のように言われています。マタイによる福音書7章12節。「私に向かって、『主よ、主よ』と言う者だけが皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」。

 御心を行なうことは礼拝と同じように大切です。けれども、わたしたちが気をつけなければならないのは、御心を行なうことが、神様の恵みよりも最初に来てしまわないようにすることです。わたしたちの道と行いは、あくまでも神様からの恵みの次に来ると聖書は伝えているからです。

 神様の憐れみと赦しによってのみ、わたしたちは今日も立って、生きていけるという恵みが、まず先にあるから、神様の御心に応えて正しく生きていこうと変えられていくのです。わたしたちキリスト者はその順番を忘れてはいけません。恵みを受けていないキリスト者は、より正しく生きることは難しいと思うのです。特に、恵みではなく、「正しくありなさい」という律法的な命令が先にあればある程、正しく生きようとなることは、もっと難しいと思うのです。

 わたしたちは、いつでも、正しい行いをすることができるわけではありません。他の人から見て、正義を行ない、困っている人を助ける善い人のように見えるわけでもありません。また、実際に、わたしたちが、常に神様の恵みに応えて道と行ないを正しているわけではないことを、神様はよーく知っておられます。それでも、神様はわたしたちに恵みをくださっています。神様がわたしたちに御言葉と「パンと杯」というイエス・キリストを与えてくださるのは、わたしたちが神様のために何かをしたからとか、それにふさわしい者だからでもありません。ただ、神様が恵みによって、わたしたちを選んでくださったからです。わたしたちは、ただそれを信じ、感謝して、誠実に身の丈にあった生き方でもってお応えしていくのです。わたしたちの行為が先にあるのではなく、神様の恵みが先にあるのです。

 エレミヤ時代のユダの人々は、神様の恵みを忘れていたのでしょう。だから、がむしゃらに大きな声で、「主の神殿、主の神殿、主の神殿」と叫び、それが神様に喜ばれると思っていたのです。ですから、神様の恵みを忘れ、神様の掟に応えるという生活を通した信仰が抜け落ちてしまっていたのです。イエス様は言われています。「私に向かって、『主よ、主よ』と言う者だけが皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」

 わたしたちは、意識して神様の恵みにお応えすることもありますし、自分での気づかないうちに応答していることもあります。聖餐にあずかるために「パンと杯」を手に取る時に、教会の様々な奉仕を行なう時に、わたしたちはそこで神様に応答しているのです。あるいは、病いの中にある人のために祈ったり、平和のために祈る時にも、わたしたちは神様の御心に応えようとしているのです。わたしたちがそうしようと決断することすらも、実は神様の恵みの働きによるものなのです。エレミヤ書が語る、いや聖書が伝える正しい道と正しい行いは、それ自体が、神様からの贈り物なのです。

 わたしたちが善いことをしたから、正しいことをしたから、神様はわたしたちを「よし」としてくださるのではありません。ただ、イエス・キリストによって示された神様の恵みによって無償で、無条件で「よし」とされている。だから、正しく生きようとわたしたちは押し出されるのです。

7月14日は特別伝道礼拝です

 

7月14日は、桜美林教会の木村智次牧師をお迎えして、特別伝道礼拝を捧げます。
どうぞおいで下さい!

   

日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。