2013年2月24日 受難節第2主日

説教 「わたしたちに示された神の愛」   小栗 善忠 牧師

聖書 ローマの信徒への手紙5章1~11節

◆信仰によって義とされて
 5:1 このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、
 5:2 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。
 5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、
 5:4 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
 5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
 5:6 実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。
 5:7 正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。
 5:8 しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。
 5:9 それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。
 5:10 敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。
 5:11 それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。

2013年2月 礼拝堂の座布団打ち直し

礼拝堂の椅子で、いつもホッコリ暖かく座らせてくれる座布団たち。
その綿の打ち直しがありました。ありがとうございました。
 

2013年2月22日 教区婦人全体集会

2月22日に原町田教会にて教区の婦人全体集会が開催されました。
東美教会の陣内大蔵牧師をお迎えし、
神様の働かれる場所」と題した素晴らしいメッセージをいただきました。
祝福に満ちた本当にすてきな会となりました。
遠方からおいで下さった方々、集会を支えて下さった皆様のご奉仕とお心配りに、心より感謝致します。


陣内先生のメッセージは、先生のキーボードとギターと歌の讃美により、一層豊かに心に響きました。
★神様は人と人の関係の中で働いてくださる。その事を感じる素晴らしさ!
★神様は「上のほう」ではなく、底辺に働かれて、共に苦しんで下さる。
★当日の聖書箇所 「フィリピの信徒への手紙2章6-8節」は、キリスト賛歌で有名な箇所。
   「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
   かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。
   人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」
 主のへりくだり、従順。イエス様もそこに至るまでは、のたうちまわる程の苦しみがあったはず!
★蜘蛛の糸のお話。自分ばかり助かろうとして糸が切れて、限りなく下に落ちていく。
 でも一番下の底辺のところでイエス様が手を広げていて下さっている。(ここで涙が出ました)
★一人じゃないよ、皆んなで共に、が大事!
・・・・他にも恵み溢れるお話をたくさんして下さいました。

会衆も共にたくさん讃美しました。先生作詞作曲の「キリストの風よ」もメッセージの中で皆で歌い、原町田教会聖歌隊がハーモニーをつけてくれました。
皆さまと共に原町田でこのひと時を分かち合えたことを感謝します。
ほんとうにありがとうございました。

「神さまの働かれる場所」 東美教会・陣内大蔵牧師

2013年2月22日 西東京教区 婦人全体集会での、東美教会・陣内大蔵牧師のお話を、陣内牧師のご許可を得て掲載します。

メッセージ中の演奏曲:「Amazing Grace」「Where is God」「歌でお腹はふくれない」「キリストの風」

Amazing Graceを歌わせていただきました。この曲はジョン・ニュートンが詞を書きました。200年ちょっと前。彼は奴隷船関係の仕事。あるとき嵐の中で船が難破しそうになり、彼は生まれて初めて命乞いの祈りを神に捧げたといいます。いのちからがら帰国できた彼はその体験を経てこのAmazing Graceの詞を書きました。wretchなんて言葉が出てきます。ゴミとかクズ、哀れな人間というような意味。しかしそんな私をも救って下さった、という表現です。ちなみに、私たちが歌っているこのメロディーは最初から付いていたわけではありません。彼が詞を書いてから100年くらいたってこのメロディーが付けられました。「良いメロディーがあるよ」「素敵な詞があるよ」「合体させてみよう!」と、どなたかがくっつけたのです。それが「良い歌だ!」と評判になり、口コミで歌い広がります。いろんなアレンジや唱法も考えられ、歌として練られてきたはずです。そこから100年あまりたったのが今。皮肉にも全世界にこの曲を一番広めたのは黒人シンガー達。奴隷船関係者が書いた詞を最後は黒人アーティストが世界に広めるなんて不思議ですね。つまり、ジョン・ニュートンはこのメロディーが付いたことは知りません。もちろん曲を合体させた人もこんな展開になったことは知りません。今時のプロデューサーではありませんけれど、誰かの計画や意図でこの歌がこうして出来上がったわけではありません。今ではこんな東洋の片隅の日本の中高生でも「いい曲っすよね!」とファンも多いです。アメージング・グレイスのこの200年あまりの歴史には人ひとりが意図できる範疇をはるかに超えた不思議な導きを感じずにはいられません。出会いや交わり、人との関係性のなかに見事にアメージングなグレイス、神のお働きがあった。自称wretchが書き始めた歌が今では多くの人びとの心を豊かにしているわけです。人と人との間にこそ働かれる神の御力。この曲の物語一つとっても私たちは歴史の証人としてそのことを理解しています。
 本日のテキスト、フィリピ2章6-8節はキリスト賛歌といわれている箇所。よく「神のへりくだり」を歌っているといわれています。ですから、みなさんもへりくだって、小さくされている人たちの中へ入っていってキリストのへりくだりに見習いましょう!そんな読み方をされている箇所ではないかと思います。僕自身も小さなころからそう教え続けられました。でも少しの疑問もあるんです。従順であられた?そんなに素直でいらっしゃったか?ゲッセマネの祈りもそうですし「どうして私をお見捨てになったのか!」と十字架上で絶叫されたり。イエスご自身は十字架に対してそんなに簡単に素直で従順ではなかったような気がします。のたうちまわりながら、血の滴るように汗を流しながら祈られたわけです。イエスご自身の歩みはそんな「余裕」なものではなかったはずです。やはり、出自、育った土地、家業、どれをとっても選択肢のない場所におられた。どこかに安全な場所があって、そこから謙虚に下ってこられたというイメージではなく、そういう意味では王家出身のブッタとは違いますね。ですから、もがいてもその場所にしかいられない人々、ふり払っても払拭できない偏見の中にいる人々、その痛みや生き辛さのただ中でイエスご自身が生きたわけです。私達は神さまに上から引き上げられるというイメージを持っていますけれど、イエスご自身の立ち位置から鑑みますと、「下」とか「隅」とされている場所に神様の御力が見え、そしてその神さまからの風によって私達は起こされているのだと思います。「わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである」(ヨハネ12章45節)
 人と人との間に働かれる神さま。とりわけ弱さや低さや小ささという場所からこそ、神の御力が働いているのだといつも教えられます。どうか神さまが、そのことに気付く感性というものを常に私たちにお与え下さり、そしてその御業のほんの一端でも私たちが担うことが許されますように。皆様と共に祈りたいと思います。

2013年2月17日 受難節第1主日

説教 「あなたのために祈る主」   小栗 善忠 牧師

聖書 ルカによる福音書22章31~34節

◆ペトロの離反を予告する
22:31 「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。
22:32 しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
22:33 するとシモンは、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言った。
22:34 イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」

2013年2月10日 受難節前第1主日

説教 「視線の触れ合い」   小栗 善忠 牧師

聖書 ルカによる福音書18章31~43節

◆イエス、三度死と復活を予告する
18:31 イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。
18:32 人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。
18:33 彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。」
18:34 十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである。
◆エリコの近くで盲人をいやす
18:35 イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。
18:36 群衆が通って行くのを耳にして、「これは、いったい何事ですか」と尋ねた。
18:37 「ナザレのイエスのお通りだ」と知らせると、
18:38 彼は、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。
18:39 先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。
18:40 イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。
18:41 「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。
18:42 そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」
18:43 盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した。

2月16日(土) 西東京教区 第4回「講演と賛美の集い」

 第4回目の開催となった今年も、原町田教会聖歌隊、ジュニア聖歌隊が参加しました!
会場は阿佐ヶ谷教会。第一部は講演『現代に見る「聖書の歌」の多様性』 横坂康彦先生(新潟大学教授、日本賛美歌学会副会長)。第二部が音楽祭です。聖歌隊、ゴスペルクワイヤ、フルート、ピアノ、トーンチャイム演奏など、さまざまな讃美をささげます。

 

 

ジュニア聖歌隊は、『主イエスの十字架の血で』『わが感謝の贈物』の2曲を歌いました。(音声録音できていなくてごめんなさい!)

 

 

 

大人の聖歌隊は、パイプオルガンの演奏で、『真っ赤なバラのように』(新しい教会合唱曲集「光の音色」より)を歌いました。

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 『光の音色 新しい教会合唱曲集』
 発行 教会合唱研究会 (代表・森山亮二)
 発売 日本キリスト教団出版局
 お問い合わせ先 日本福音ルーテル東京教会 
 
 「真っ赤なバラのように」 《ペンテコステ(聖霊降臨祭)のために》
  作詞 関野 和寛 (日本福音ルーテル東京教会牧師)
  作曲 山田 香   (日本福音ルーテル東京教会教会員)
 
 
♪ 主よ 注いで下さい 約束の聖霊を
  やってきて下さい 今ここに
     あなたがいなくなられて
     わたしたちは何処に行けばよいのでしょう
     帰る家も仕事も捨ててきたのです
  主よ 注いで下さい あなたの聖霊を
  約束は嘘でないと 言って下さい
     それでもこの胸は
     不安でいっぱいです
     この目にあなたは映りません
     もう一度この手をひいて下さい
  主よ 注いで下さい 約束の聖霊を
  二度とあなたから 離れないように
     今日も人々は泣いています
     世界は悲しみで溢れています
     あなたの愛が必要なのです
  主よ 注いで下さい 愛の聖霊を
  届けさせて下さい 隣人に
  主よ 注いで下さい あなたの聖霊を
  真っ赤なバラのように 限りなく
  主よ 注いで下さい 約束の聖霊を
  やってきて下さい 今ここに  ♪
 

共に歌う讃美♪

主日礼拝が終わったあと、礼拝堂の後ろに集まって「主よ我らを祝し」という讃美歌を歌っています。

はじめのうちは、礼拝で聖書のみことばを通して神様から力をいただいて、新しい一週間をそれぞれの場所で歩めるようにと、お祈りをする時間をもっていました。そうしているうちに、讃美もしたらどうかという提案があり、讃美をした後に祈るというかたちになりました。
 ※讃美歌を歌うこと=神様を讃美することなので、「讃美する」という表現をします。

いつも礼拝で歌う讃美歌は斉唱のみですが、この時はソプラノ、アルト、テノール、バスの4部に分かれて歌うので、聞き応えがあります。

最初のうちは、からしだねという30~50代のグループのみで行っていましたが、徐々にその輪は広がって、たくさんの方々と共に讃美できることをうれしく思っています。原町田教会に来られた際には、ぜひご一緒に讃美しませんか?楽譜も用意してあります。

近くで輪の中で聞くだけでもいいですよ!

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『主よわれらを祝し』  讃美歌第二編259番
 主よ、われらを祝し、
 われらに み顔を示し、
 安きをたまえや。
 主よ、み光を照らし、
 われらをみちびきませ、
 ゆたかなる恵みもて。
 アーメン

2013年2月3日 受難節前第2主日

説教 「恵みの重力」   小栗 善忠 牧師

聖書 イザヤ書55章6~13節

55:6 主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。
55:7 神に逆らう者はその道を離れ/悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。わたしたちの神に立ち帰るならば/豊かに赦してくださる。
55:8 わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり/わたしの道はあなたたちの道と異なると/主は言われる。
55:9 天が地を高く超えているように/わたしの道は、あなたたちの道を/わたしの思いは/あなたたちの思いを、高く超えている。
55:10 雨も雪も、ひとたび天から降れば/むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ/種蒔く人には種を与え/食べる人には糧を与える。
55:11 そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も/むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ/わたしが与えた使命を必ず果たす。
55:12 あなたたちは喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え/歓声をあげて喜び歌い/野の木々も、手をたたく。
55:13 茨に代わって糸杉が/おどろに代わってミルトスが生える。これは、主に対する記念となり、しるしとなる。それはとこしえに消し去られることがない。

2013年1月27日 受難節前第3主日

説教 「罪人を招くために」   小栗 善忠 牧師

聖書 マタイによる福音書9章9-13節

◆マタイを弟子にする
9:9 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。
9:10 イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。
9:11 ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。
9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
9:13 『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

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日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。