2012年 クリスマスのご案内

クリスマスのご案内です。どなたでもどうぞおいで下さい。お待ちしています。

2012年11月25日 終末主日

説教:「キリストと共なる死と生命」    小栗 善忠 牧師

聖書:ヨハネの黙示録 2章8-11節

◆スミルナにある教会にあてた手紙
2:8 スミルナにある教会の天使にこう書き送れ。『最初の者にして、最後の者である方、一度死んだが、また生きた方が、次のように言われる。
2:9 「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ。自分はユダヤ人であると言う者どもが、あなたを非難していることを、わたしは知っている。実は、彼らはユダヤ人ではなく、サタンの集いに属している者どもである。
2:10 あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。
2:11 耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者は、決して第二の死から害を受けることはない。」』

2012年11月25日 もうすぐアドベント

2012年11月18日 終末前主日

説教:「人生は短く、苦しみは絶えない」     小栗 善忠 牧師

聖書:ヨブ記 14章1-6節

14:1 人は女から生まれ、人生は短く/苦しみは絶えない。
14:2 花のように咲き出ては、しおれ/影のように移ろい、永らえることはない。
14:3 あなたが御目を開いて見ておられるのは/このような者なのです。このようなわたしをあなたに対して/裁きの座に引き出されるのですか。
14:4 汚れたものから清いものを/引き出すことができましょうか。だれひとりできないのです。
14:5 人生はあなたが定められたとおり/月日の数もあなた次第。あなたの決定されたことを人は侵せない。
14:6 御目をこのような人間からそらせてください。彼の命は絶え/傭兵のようにその日を喜ぶでしょう。

 

2012年11月18日 子どもの教会 キャンドル作り

クリスマス讃美礼拝のご案内


12月16日(日)10:30~ 原町田教会礼拝堂
バス  中川郁太郎
バッハ クリスマスオラトリオより
      「大いなる主、強き王」その他

どうぞおいで下さい!

中川郁太郎:
東京藝術大学、同大学院に学ぶ。
現在ドイツ留学中。
ハレで教会音楽を学ぶ傍ら、声楽をヘルマン・クリスティアン・ポルスター氏に師事。
ライプツィヒのゲヴァントハウスほか、ドイツ各地でコンサートに出演。
日本基督教団霊南坂教会会員。

 

2012年11月11日 主日礼拝

説教:「罪に売り渡された運命か?」  小栗 善忠 牧師

聖書:ローマの信徒への手紙7章14-25節

わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。
わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。
もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。
そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。
わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。
わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。
もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。
それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。
「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、
わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。
わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。
わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。

2012年11月4日 永眠者記念礼拝

説教:「古い地、新しい夢」  小栗 善忠 牧師

聖書:イザヤ書65章17-19節、23-25節

見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。
代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。わたしは創造する。見よ、わたしはエルサレムを喜び躍るものとしてその民を喜び楽しむものとして、創造する。
わたしはエルサレムを喜びとしわたしの民を楽しみとする。泣く声、叫ぶ声は、再びその中に響くことがない。

彼らは無駄に労することなく生まれた子を死の恐怖に渡すこともない。
彼らは、その子孫も共に主に祝福された者の一族となる。
彼らが呼びかけるより先に、わたしは答えまだ語りかけている間に、聞き届ける。
狼と小羊は共に草をはみ獅子は牛のようにわらを食べ、
蛇は塵を食べ物としわたしの聖なる山のどこにおいても害することも滅ぼすこともない、と主は言われる。

2012年10月28日 三位一体後第21主日

説教:「抵抗としての平和」  小栗 善忠 牧師

聖書:エレミヤ書29章1,4-7,10-14節

以下に記すのは、ネブカドネツァルがエルサレムからバビロンへ捕囚として連れて行った長老、祭司、預言者たち、および民のすべてに、預言者エレミヤがエルサレムから書き送った手紙の文面である。

「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしは、エルサレムからバビロンへ捕囚として送ったすべての者に告げる。
家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい。
妻をめとり、息子、娘をもうけ、息子には嫁をとり、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そちらで人口を増やし、減らしてはならない。
わたしが、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから。

主はこう言われる。バビロンに七十年の時が満ちたなら、わたしはあなたたちを顧みる。わたしは恵みの約束を果たし、あなたたちをこの地に連れ戻す。
わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。
そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。
わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、
わたしに出会うであろう、と主は言われる。わたしは捕囚の民を帰らせる。わたしはあなたたちをあらゆる国々の間に、またあらゆる地域に追いやったが、そこから呼び集め、かつてそこから捕囚として追い出した元の場所へ連れ戻す、と主は言われる。

2012年10月21日 三位一体後第20主日

説教:「定められた時の切迫 -恰もそうでないかのように-」  小栗 善忠 牧師

聖書:コリントの信徒への手紙I 7章29-31節

兄弟たち、わたしはこう言いたい。定められた時は迫っています。
今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、
喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、
世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。
この世の有様は過ぎ去るからです。

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日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。