2012年3月25日 主日礼拝

説教 「 青銅の蛇を仰ぐ 」       牧師 小栗善忠

聖書 民数記21章4~9節  

彼らはホル山を旅立ち、エドムの領土を迂回し、葦の海の道を通って行った。しかし、民は途中で耐えきれなくなって、神とモーセに逆らって言った。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」
主は炎の蛇を民に向かって送られた。蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。
民はモーセのもとに来て言った。「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」モーセは民のために主に祈った。
主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」
モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

 

2012年 3月18日 主日礼拝

説教 : 「 キリストを生きる 」                 牧師 小栗善忠

聖書 : フィリピの信徒への手紙1章15~21節  

キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。
一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。
だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。
というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。
そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。
わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。

 

子どもの教会だより 第10号 2012年3月

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2月18日(土) 西東京教区 第3回「講演と賛美の集い」

今年も、原町田教会聖歌隊、ジュニア聖歌隊が参加しました!

 

1.バッハ・マタイ受難曲口語日本語版より(山田実訳詞)

    「主よ、まさか私では」  「主よ、それは私です」

2.わたしはぶどうの木 (アイオナ共同体賛美歌集)

 

 

1. Here We Stand (主とともに立つ) (新生讃美歌 637)

2.ときは今(パブロ・ソーサによる賛美歌集『おお なんという恵みよ!』より)

※杉並教会の法嶋 太郎さんに、パーカッションでご一緒いただきました。

2012年3月11日 主日礼拝

説教:「 信仰と希望の源であるキリスト 」牧師 小栗善忠

聖書:ペトロの手紙Ⅰ1章18~21節  

知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。

キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。

あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。

 

2012年3月4日 主日礼拝

説教:「 主のぶどう畑 」牧師 小栗善忠

聖書:イザヤ書5章1~7節

わたしは歌おう、わたしの愛する者のために そのぶどう畑の愛の歌を。
わたしの愛する者は、肥沃な丘に ぶどう畑を持っていた。
よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。
その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り 良いぶどうが実るのを待った。
しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。
さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。
わたしがぶどう畑のためになすべきことで 何か、しなかったことがまだあるというのか。
わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。
さあ、お前たちに告げよう わたしがこのぶどう畑をどうするか。
囲いを取り払い、焼かれるにまかせ 石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ わたしはこれを見捨てる。
枝は刈り込まれず 耕されることもなく 茨やおどろが生い茂るであろう。
雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。
イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑 主が楽しんで植えられたのはユダの人々。
主は裁き(ミシュパト)を待っておられたのに 見よ、流血(ミスパハ)。
正義(ツェダカ)を待っておられたのに 見よ、叫喚(ツェアカ)。
 
 
   

日本基督教団 原町田教会 : 当教会では、日本聖書協会発行『新共同訳聖書』、日本基督教団出版局発行『讃美歌21』を使用しています。